最速145キロの剛球を投げ込む、驚異の中学生をご存知ですか?
それがU-15日本代表にも選出された、超中学級の原悠翔投手です。
しかも原悠翔投手は右で最速145キロ、左で132キロを投げる規格外の両投げ!
本記事ではそんな原悠翔投手の詳細なプロフィールや経歴をご紹介します。
気になる両投げ誕生の秘密や、父とのエピソードも徹底解説。
彼が描く今後の進路や将来の夢を知れば、さらに応援したくなるでしょう。
未来のスター候補の素顔を、ぜひ最後までチェックしてみてくださいね。
>多摩川ボーイズ(東京)の両投げ投手・原悠翔が、右投げから145キロを計測。左投げでも最速132キロを記録し、観客の度肝を抜いた。
— やきうメガネ (@baseballmegane) August 17, 2026
目を疑うくらいとんでもない選手がまた1人…
原悠翔は今月で15歳になる中学3年生ですhttps://t.co/euTCyIRxkZ
原悠翔のWiki風プロフィール
まずは、原悠翔投手の基本的な情報をまとめました。
氏名:原 悠翔(はら ゆうと)
生年月日:2011年8月23日
体格:身長173cm / 体重67kg
投打:両投左打
ポジション:投手・外野手
中学:品川区立日野学園
所属:多摩川ボーイズ
原悠翔の経歴と野球のきっかけ
原悠翔投手の小学生時代からの歩みと、野球を始めたきっかけを振り返ります。
小・中学時代のチーム経歴
小学生時代は品川区立日野学園に通いながら、品川レインボーズで野球を始めています。
その後、東京都の強豪船橋フェニックスに移籍。
背番号1を背負うエース兼3番打者として、チームを牽引する活躍を見せます。
小学6年生の時にはセレクションを勝ち抜き、読売ジャイアンツジュニア入り。
NPB12球団ジュニアトーナメントに出場し、準優勝に貢献しました。
中学進学後は品川区立日野学園に進学し、名門・多摩川ボーイズへ入部します。
中学3年生となった2026年には、3度全国大会に出場。
中学硬式野球の最高峰であるジャイアンツカップでは準優勝を経験しました。
そして高い実力が評価され、2026年の「第7回 WBSC U-15 野球ワールドカップ」日本代表に選出されています。
多摩川ボーイズ&U-15日本代表のチームメイトには元侍ジャパン監督の父を持つ井端巧選手がいます。
井端巧選手についてはこちらを→井端巧の進路は花巻東?出身小学校や中学校は?父母もすごい!
野球を始めた感動のきっかけ
原悠翔投手が野球をスタートしたのは4歳ごろでした。
元サッカー少年で高校野球経験者でもある父と一緒に、プロ野球観戦へ行ったことがきっかけです。
元々は運動能力の高い原悠翔投手にサッカーをやらせたかった父。
あんまり乗り気ではなかった原悠翔投手に「観戦したらジュースを買ってあげる」という約束で球場へ連れて行きました。
しかし観戦開始からわずか5分ほどで、当時北海道日本ハムファイターズに所属していた大谷翔平選手が豪快なホームランを放ちます。
その一撃を見た原悠翔投手は、強く心を動かされました。
「大谷翔平選手のようになりたい!」と心から思い、自ら野球の道へ進むことを決意します。
それ以来、大谷選手はあこがれであり、将来の目標そのものとなりました。
現在も「将来の夢は大谷翔平選手を超えること」と語り、ヒーローの後を追って成長を続けています。
驚異の「両投げ」を始めたきっかけ
原悠翔投手が「両投げ」をマスターした経緯と、左右どちらからでも打者を圧倒する球速の秘密に迫ります。
右肘の怪我から始まった挑戦
実は小学1年生の頃から、ソフトボールで右手で25m、左手で15mを投げる高い潜在能力を持っていた原悠翔投手。
しかし、本格的に「左投げ」のトレーニングを開始したのは小学4年生の時でした。
その直接的なきっかけとなったのは、右肘の怪我です。
右腕を使って投げられない期間中、ただ回復を待つのではなく、左手での投球練習に本格的に取り組み始めます。
怪我の期間も休まず左投げの練習を積み重ねた結果、才能が見事に開花。
地区大会クラスのチームであれば、左投げだけでも十分にエースを張れるほどの上達を遂げました。
怪我という逆境を努力で乗り越えたことで、唯一無二の「両投げ投手」が誕生したのです。
左右で打者を圧倒する脅威の球速
原悠翔投手の真骨頂は、左右どちらからでも繰り出されるスピードボールです。
右投げでは最速145キロ、左投げでも最速132キロという、中学生離れした球速を叩き出します。
多摩川ボーイズ原悠翔、右投げ145km、左投げ132kmはえぐいな
— hima/野球/金融 (@hima_banktobank) August 18, 2026
逸材すぎるやろ
どこの高校に行くんやろうか#原悠翔 pic.twitter.com/t7uerWCl2q
両投げの凄さは、単にどちらの手でも投げられるという点だけにとどまりません。
投球フォームの完成度が高く、頭上まで振りかぶるワインドアップから、ノーワインドアップやセットポジション、クイックモーションまで自在に使い分ける技術を誇ります。
セットポジションやクイックに変えても腕の振りが変わらず、制球が安定している点も強みです。
状況や打者に応じて緩急を駆使する多彩なピッチングで、見る人を魅了しています。
原悠翔の父と家族のエピソード
原悠翔投手の驚異的なポテンシャルの背景には、ご家族の温かいサポートと特別な家庭環境があります。
父は元サッカー少年で、高校時代に野球を経験された経歴の持ち主です。
幼少期に跳び箱15段を跳ぶほどの運動能力を持っていた原悠翔投手。
当初、お父さんはサッカーをやらせたいと考えていました。
しかし、野球を選んだ息子の思いを尊重し、自宅や外での平日練習を熱心にサポートしています。
ご家族全体の運動能力の高さも見逃せません。
お母さんによると、原悠翔投手や弟、妹は幼児体育を取り入れた保育園に通っていました。
その園に通う子供たちは全員が逆立ち歩きを完璧にこなせるとのこと。
弟たちに関しても、原悠翔投手以上のレベルで逆立ち歩きができるというから驚きです。
幼い頃から体幹や運動神経を鍛え上げられた環境こそが、超中学級の原悠翔投手を育て上げた原点と言えます。
原悠翔の今後の進路と将来の夢
気になる原悠翔投手の中学卒業後の進路ですが、ネット上では神奈川の名門・横浜高校への進学が噂されています。
高校野球の強豪校からも熱い視線が注がれていることは間違いありません。
甲子園の舞台で左右どちらの腕からも剛速球を繰り出す姿を、全国のファンが心待ちにしています。
気は早いですが、高校での成長次第でドラフト候補として名前が挙がる日も遠くないかもしれません。
4歳の時の大谷選手のホームランを見たあの日の衝撃は、今も原動力になっているようです。
憧れのヒーローを追いかけるだけでなく、「超える」という高い目標を掲げて日々努力を重ねています。
彼の歩みを、これからも追いかけていきたいところです。
まとめ:原悠翔投手の今後に注目
今回は、超中学級の両投げ投手・原悠翔投手についてご紹介しました。
原悠翔投手の凄さや魅力を、あらためて振り返ってみましょう。
・プロフィール:多摩川ボーイズ所属、U-15日本代表背番号21
・両投げの生い立ち:小4での右肘の怪我をきっかけに左投げを開花
・父との秘話:4歳で大谷翔平の打撃に感動、父の温かい伴走で成長
・将来の進路と夢:横浜高校進学の噂も話題、夢は大谷翔平超え
右で145キロ、左で132キロ。左右どちらからでも剛球を投げ込む姿は、まさに規格外です。
高校、そしてプロへと進む中で「大谷翔平超え」という夢をどう叶えていくのでしょうか。
進化を続ける両投げ投手の今後の活躍から、目が離せませんね!


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